2026年7月30日(木)に『形骸化したブランド表現からの脱却!ブランドマネジメント手法の最前線』と題したセミナーを開催しました。
株式会社揚羽のシニアコンサルタント/クリエイティブディレクターの板倉 マサアキと、アートディレクター/デザイナーの近藤 海空が登壇し、ブランドガイドラインを軸にした一貫したブランドコミュニケーションの実現方法について解説しました。
本記事では、形骸化しがちなブランド表現の課題を踏まえ、企業の「らしさ」を資産に変え、一貫したブランドコミュニケーションを実現するための具体的なステップや事例について解説します。
ブランドの定義とは?持続的な成長を支える「らしさの資産」
揚羽では、ブランドを「企業や製品・サービスが持つ本来価値(らしさ)を資産化したもの」と定義しています。この資産は、「見える化」とステークホルダーとの「関係づくり」を通じて共感を得ることで、蓄積・育成されていきます。
資産化された強いブランドは、企業に以下のようなメリットをもたらします。
- 競合との差別化
- 有利な取引条件の獲得
- リピート率の向上
これらは結果として、利益を伴う持続的な事業成長の基盤となります。

一貫したブランドコミュニケーションが求められる理由
企業は、ステークホルダーの属性に合わせて異なる情報発信を行っています。
- 従業員:インナーブランディング
- 顧客や取引先:アウターブランディング
- 株主や投資家:IR
- 学生や求職者:採用ブランディング
しかし、情報を受け取る側の属性は一つにとどまりません。求職者は入社すれば従業員になり、他社に入社すれば顧客や取引先になる可能性があります。また、その多くが株主や投資家としての顔を併せ持っています。
相手の立場が変わっても「どこを切り取っても同じメッセージを発信している」と認識してもらうことが重要です。一貫した体験を提供して初めて、企業のブランドイメージは一つの器として蓄積されます。だからこそ、あらゆる接点における一貫したブランドコミュニケーションが欠かせないのです。

ブランドマネジメント担当者が抱える「4つの悩み」
ブランドマネジメントを担う広報担当者からは、次のような課題をよく聞きます。
- ブランド表現が各部署でバラバラになっている
- 表現を統一したいが、リソース(パワー)を割けない
- 毎回イチからブランド表現を考える手間が発生している
- 拠り所になる指針が「ロゴ」しか存在しない
これらの課題を解決する有効な手段がブランドガイドラインの策定です。
「ブランドガイドライン」と「ロゴマニュアル」の決定的な違い
ガイドラインを設けている企業でも、実情は単なる「ロゴマニュアル」に留まっているケースが少なくありません。
ロゴマニュアルは、ロゴの余白規定や指定カラーなどの「表示ルール」のみを定めたものです。一方、ブランドガイドラインは、ブランドが掲げる理念や個性、デザイン、言葉などの「表現」までを包括して規定します。企業の「らしさ」にまで踏み込んで規定しているかどうかが、両者の決定的な違いです。
ブランドガイドラインを策定するメリットは、大きく次の4点に整理できます。
- 「らしさ」が明確に伝わる
- 広報物の一貫性が保たれる
- デザインに迷わず、効率化を図れる
- 従業員や協力会社に想いが伝わる
とくに「効率化」のメリットは見逃せません。一定のルールを設けることで、制作会社に依頼しなくても、担当者自身でガイドラインに沿った制作物をある程度作成できるようになります。

なぜ、ブランドガイドラインは形骸化するのか?5つの要因
歴史ある会社や大手企業ほど、ガイドラインが形骸化しているケースが目立ちます。よくある形骸化の要因は以下の5つです。
- ロゴ刷新から時間が経ち、現在の使用用途に合っていない
- 印刷用のカラー(CMYK)はあるが、デジタル用のカラー(RGB)がない
- SNSなどのアイコンを想定しておらず、適切なパターンがない
- ブランド定義の記載がなく、社員が由来を語れない
- 事業の変化にブランド表現が追いついていない
たとえば、デジタル用のRGB規定がない場合、制作パートナーごとにCMYKから変換することになり、色が少しずつズレてブランド表現がバラついてしまいます。また、20~30年前に作られたロゴの場合、そもそもSNSアイコンでの使用は想定されていません。
時代の変化や事業展開に合わせて、ブランドガイドラインは「定期的な見直し」を行うことが重要になります。
「らしさ」を表現に変える5つのステップ
ここからは、揚羽自身のガイドラインを題材に、策定のステップを解説します。
揚羽は2023年の東京証券取引所グロース市場への上場を機に、経営層インタビューや社員ワークショップ、全社アンケートなどの調査を実施し、コーポレートロゴを刷新しました。
ガイドラインは、「ブランドの価値観」「基本デザインシステム」「展開デザイン」の3つのブロックで構成されます。最初に来るのはロゴの規定ではなく、ブランドの価値観です。

① ブランドキーワード:誰もがイメージを共有できる言葉に絞り込む
ブランドキーワードとは、ブランドの「らしさ」を表現した言葉です。そのまま社外へ発信するコピーではなく、受け手に伝わってほしいイメージを調査から抽出し、あらかじめ明記しておくためのものです。
揚羽の場合は、インタビュー・ワークショップ・アンケートで集めた声をマッピングし、「ポジティブな」「前向きなチェンジ」「エネルギッシュ」「温かみ」「先進的な」へと分類。そこから「Humanity」「Positive」「Unique」「Advanced」の4つに絞り込みました。
重要なのは、誰もが同じ方向のイメージ(色や雰囲気など)を受け取れる言葉まで落とし込むことです。

② コミュニケーションイメージ:抽象的な言葉を写真で視覚化する
続いて、キーワードから想起できる写真やビジュアルを選定します。これらを組み合わせたコラージュを見て「この会社らしい」と感じてもらえる状態をつくることで、抽象的なイメージを関係者間で共有できるようになります。

③ カラーパレット:「1色しか使えない」という制約から抜け出す
「ロゴが青だから、資料も全部青になってしまう」という声もよくお聞きします。しかし、キーワードという拠り所があれば、コーポレートカラーだけでなく独自のカラーパレットを設計できます。
揚羽はブランドカラーのオレンジに加え、プライマリーカラー4色、セカンダリーカラー4色を設定し、表現の幅を広げています。

④ グラフィックエレメント:ロゴ以外に「らしさ」の目印をつくる
グラフィックエレメントとは、ブランドの価値観を視覚的に補完し、一貫性を生み出すための図形やパターンのことです。
名刺、紙袋、ウェブサイトなど、さまざまな媒体で活用し、「この形、この色があればあの会社だ」と認識してもらえる状態を目指します。
揚羽のグラフィックエレメントはAGEHA WING。揚羽とお客さま、パートナーが手を取り合いながら共創し、未来へ向かっていく姿を羽の形で表現しています。

⑤ レイアウトシステムと展開デザイン:制作時に迷わない状態をつくる
グラフィックエレメントは、表示ルールを「レイアウトシステム」として規定して初めて機能します。揚羽の場合、「トリミング時は必ず3つのパーツが見えるように表示する」、「回転や重ね表示は不可」といったルールを定めています。
その上で、会社案内や紙袋、駅広告などに使用した場合のデザインサンプルをあらかじめ用意しておくことで、制作時にガイドラインに立ち返れば、ゼロから自社らしさを考え直す手間を省くことができます。

事例|三井情報株式会社:パーパスを起点としたブランド刷新と組織の一体感醸成
揚羽がご支援した三井情報株式会社の事例をご紹介します。
同社は、ICTを基軸に多様なソリューションを提供する三井物産グループの中核企業であり、2023年に経営理念体系を再整理してパーパス「ナレッジでつなぐ、未来をつくる」を策定しました。その後、2025年12月にコーポレートロゴを刷新し、2026年2月には本社を表参道へ移転しました。
新しいロゴは、ナレッジを表す複数の青い図形が重なり合い、『MKI』が形作られるストーリーを表現しています。さらに、シャープなフォルムとカラーリングによって、先進性を感じさせるデザインに仕上げています。
ロゴの決定プロセスでは、単に好きなデザインを選ぶのではなく、それぞれの案に込められた思想を伝え、パーパスとの整合性を考えながら判断してもらう。そのプロセス自体が、社員のパーパスへの理解を深める機会になっています。

ロゴ制作にとどまらない、約70ページのブランドガイドライン整備へ
今回のご支援では、ロゴの策定で終わらせず、約70ページにわたるブランドガイドラインを整備しました。
インタビューをもとに、三井情報らしさを表す「ブランドボイス(※ブランドキーワードと同義)」を以下の3つに定義しています。
- Honest(誠実・正直・まじめ)
- Kindness(親切・人情・慈愛)
- Advanced(先進的・進歩的)
また、グラフィックエレメントとして、ロゴを構成する長方形のモチーフを展開した「ナレッジピクセル」を規定しました。一つひとつがナレッジを象徴し、それが集まることでMKIが形作られることを表現しています。縦・横・ウェブバナーなどのレイアウトサンプルを用意し、名刺や封筒、オフィスサイン、ノベルティに一貫して反映できる仕組みを構築しています。
今回の事例では、グラフィックエレメントを一番最初に定義できたため、その後に続く制作物すべてに入れる、この色で使える、といった統一ができるものになりました。
これにより、どんなタッチポイントでも、どんなステークホルダーに対しても同じ顔でブランドを見せられるようになったのです。

発表の演出まで含めた「世界観」の社内浸透
新しい世界観を浸透させるためには、発表時の演出も重要です。
そこで揚羽では、ナレッジピクセルが集まる様子を音と動きで伝えるロゴアニメーションも制作しました。このロゴアニメーションは、現在も新オフィスのエントランスなどのサイネージで放映されています。
また、移転記念イベントの企画運営も揚羽が担当し、エントランスには社員の想いを書いたメッセージを集めてグラフィックエレメントを作り上げる社員参加型アートを設置。イベントで必要となるクリエイティブも、すべてナレッジピクセルをモチーフに制作しました。
新しいロゴや世界観をつくったときは、その発表をどう演出するかも同じくらい重要です。なぜなら、「ここからこういうブランドでやっていく」という意思を社員と共有する機会になるからです。
実際に、新しいロゴとエレメントは会議室の壁面やオンライン会議の背景、ノベルティなど社内のあらゆる場面で使われ、現場から「このエレメントを使いたい」という声が自発的に上がるなど、社内への浸透と一体感の醸成に成功しています。

支援実績:パーパス起点のロゴ刷新で、社員の共感と組織の一体感を生む
まとめ|既存のロゴを活かしたブランドのアップデート
「とはいえ、今のロゴを変えるつもりはない」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。もちろん、必ずしも既存のロゴを変える必要はありません。
愛着や認知度があるロゴであれば、調査を通じて現状の「らしさ」を再定義し、ブランドキーワードやカラーパレット、グラフィックエレメント、展開デザインを追加していけば、既存のロゴを活かしたままブランドをアップデートできます。
ブランドガイドラインは「つくって終わり」ではなく、育てていくものです。形骸化したブランド表現から脱却するためには、まず自社の「らしさ」がどこまで言語化できているかを見つめ直すことから始まります。
揚羽では現在のガイドラインに対する「壁打ち相談会」も実施しています。今あるガイドラインを拝見しながら、どこを追加するとより良くなるかをお話しさせていただくことも可能です。お気軽にご相談ください。









