「自分のパーパス(マイパーパス)を考えてください」と言われて、戸惑った経験はないでしょうか。日本企業の従業員エンゲージメントは世界的に見ても低水準が続いており、働く意義を見失っているビジネスパーソンは少なくありません。一方で、会社から求められて無理に作った言葉は、どうしても形骸化しがちです。
マイパーパスとは「働く軸」を自分で見つけること
「マイパーパス」は、「自分はなぜ働くのか」「何のために生きるのか」という問いに対する、自らの答えです。会社から与えられるものではなく、自らの価値観や経験を掘り下げて見つけ出すものだからこそ、働く軸として機能します。
会社に言われて作るものではない理由
「会社に作れと言われたから、とりあえず書いた」という状態で生まれたマイパーパスは、残念ながらほとんど機能しません。理由はシンプルで、自分の経験や価値観を深く掘り下げるプロセスが抜け落ちるからです。ワークシートを提出するだけでは内省が足りず、表面的な言葉にとどまってしまいます。上司が回収して改善を求めるような運用では自由な思考が阻まれ、本人の想いとつながらない「提出物」になるだけでしょう。
トップダウンによる強要は、動機の源泉が会社の指示や評価に依存するため、内省は提出が目的化し、形骸化します。結果として、日常には根付きません。これに対して自発型では、個人の価値観や経験が動機となり、自己対話を起点に内省が深まります。その結果、マイパーパスが意思決定の軸として機能するようになるのです。トップダウンで進めるほど、現場には「やらされ感」が広がり、しらけムードが生まれやすくなります。
大切なのは、マイパーパスはあくまで「自分の内側から湧き上がる言葉」であるという点です。自分の価値観を明確に持つことで、周囲に流されない自律的な行動や学びが増えるという傾向も確認されています。もし今、会社から求められて違和感を覚えているなら、その感覚は間違っていません。まずは「誰かのため」ではなく「自分のため」に言葉を探してみてください。
パーパス・ミッション・ビジョンとの位置関係
パーパス・ミッション・ビジョンは混同されやすい概念ですが、問いかけの方向がそれぞれ異なります。パーパスは「なぜ存在するのか」という根源的な問いであり、時間軸に左右されません。ミッションは「今、何を果たすべきか」という現在の使命を、ビジョンは「将来どうありたいか」という未来の理想像を示します。
言い換えれば、パーパスが「Why(なぜ存在するか)」という不変の問いを扱うのに対し、ミッションは「What(何を果たすか)」を現在から近未来の時間軸で、ビジョンは「Where(どこへ向かうか)」を未来の時間軸で問いかけます。ミッションやビジョンは事業環境に合わせて更新されますが、パーパスは存在意義そのものなので簡単には変わりません。
ここで押さえておきたいのが、マイパーパスの位置づけです。マイパーパスは、この「パーパス」を個人の次元に落とし込んだものです。企業パーパスが「会社はなぜ社会に存在するのか」を問うのに対し、マイパーパスは「自分はなぜ働くのか」を問います。主語が違うだけで、根源的な問いである点は同じです。両者が重なるとき、個人の主体性と組織の方向性が自然につながります。
個人パーパスと企業パーパスが共鳴する仕組み
個人のパーパスと企業のパーパスは、対立するものではありません。両者が重なるほど、働く人の主体性やエンゲージメントは飛躍的に高まります。心理学の自己決定理論では、人は「自律性」「有能感」「関係性」の3つが満たされると内発的動機が強まるとされています。マイパーパスを持つ人が企業パーパスとの接点を見つけた瞬間、この3条件が自然に揃い、「やらされ仕事」が「自分ごと」に変わります。
例えば味の素グループでは、企業パーパス「食と健康の課題解決」に対し、従業員一人ひとりが自身の原体験から言葉を紡いでいます。「祖母の手料理で救われた経験」を持つ従業員が研究開発に向き合うとき、会社の目標は個人の物語と重なり、仕事の意味が深まっていくのです。
個人と企業のパーパスが共鳴すれば、個人の主体性や没頭感が高まり、組織のエンゲージメント向上につながります。反対に両者が乖離すると、個人には違和感や燃え尽きのリスクが生じ、組織にとっては離職率の上昇という課題に直面するでしょう。ただし、乖離を感じている場合も悲観する必要はありません。それ自体がキャリアを見つめ直す貴重なサインです。人事部門であれば、1on1などで個人パーパスと企業パーパスの重なりを一緒に探る仕組みが有効でしょう。
なぜ今マイパーパスが求められているのか
マイパーパスが注目される背景には、一過性のブームでは片づけられない構造的な理由があります。ここでは、日本企業のエンゲージメント低迷が突きつける課題、人的資本開示の義務化がもたらす経営戦略の転換、そして就業価値観の多様化と組織の一体感をどう両立させるかという3つの観点から、「なぜ今、個人の働く意義が問われているのか」を掘り下げます。自社や自分自身にとっての導入意義を見極めるうえで、押さえておきたいポイントです。
日本のエンゲージメント低迷が示す課題
2024年に実施された調査によると、日本の従業員エンゲージメント率はわずか6〜7%で、世界139カ国中132位という衝撃的な数字です。世界平均23%、東アジア平均18%と比べても、その差は歴然でしょう。「自分だけが閉塞感を抱えている」と感じている方もいるかもしれませんが、実態は、日本の職場全体が静かに活力を失いつつあるのです。
この低迷が引き起こす弊害は、数字にはっきり表れています。例えば、積極的に転職を検討中の割合は33%、やる気のない社員の割合は70%に上ります。労働生産性もOECD加盟38カ国中28位と低迷しています。離職リスクの高まり、生産性の停滞、イノベーションの鈍化といった問題は、個別の事象ではなく、根っこでつながっています。
特に注目すべきは、30歳代の組織コミットメント低下が顕著だという点です。キャリアの中核を担う世代が「この会社で働く意味」を見いだせていない現実は、経営課題として放置できません。
では、なぜここまで深刻なのでしょうか。根底にあるのは「個人の働く軸の欠如」です。日常的にストレスを感じる従業員は41%に上り、心理的安全性や働きがいの不足が指摘されています。仕事の意味が曖昧なままでは、待遇を改善しても根本的な解決には至りません。こうした背景から、一人ひとりが「自分はなぜ働くのか」を言語化するマイパーパスが、いま切実に求められているのです。
人的資本開示の義務化が後押しする流れ
2023年3月期決算から、上場企業約4000社は有価証券報告書で人的資本情報の開示が義務づけられました。さらに2026年3月期には開示項目が拡充されており、企業への要求水準は一段と高まっています。開示が求められる7分野19項目の中には、従業員エンゲージメントや多様性といった「人の内面」に関わるテーマが含まれます。この制度は、従業員が何を感じ、どんな意義を持って働いているかを数値やストーリーで示すよう企業に迫っているのです。
マイパーパスは、人的資本開示で求められる要素と密接に関わります。エンゲージメント指標に対しては内発的動機の言語化や定量把握の基盤となり、企業理念との連動性については個人と企業のパーパスの接続度を示します。また、人材育成方針の実効性を示すうえで、自律的なキャリア形成の土台となるでしょう。
先行事例としては、味の素が全社員対象のマイパーパスのワークショップを統合報告書の開示施策と連携させています。SOMPOはマイパーパスに基づく1on1対話を仕組み化し、人的資本インパクトパスでエンゲージメント向上を可視化しました。マイパーパスは「あると良い施策」ではなく、企業が説明責任を果たすための基盤になりつつあります。開示拡充の期限が迫る今、着手の早さがそのまま対応力の差になるでしょう。
就業価値観の多様化と一体感の両立
働き方改革やテレワークの浸透により、働く人の価値観は大きく広がりました。若手世代を中心に、安定志向から自己実現や柔軟な働き方を重視する方向へシフトが進んでおり、実際に日本の働き手の43%が柔軟な働き方を重視しているというデータもあります。
同じチームの中に、こうした多様な価値観が混在するのが今の職場のリアルでしょう。例えば若手層は自己実現や成長機会を、中堅層はワークライフバランスや裁量を、管理職層は組織貢献や安定を重視する傾向があります。こうした違いを一律のルールや評価基準だけで束ねようとすると、どこかに無理が生じます。「うちの会社は自分の価値観と合わない」と感じた瞬間、離職やエンゲージメント低下につながりかねません。
ここでマイパーパスが橋渡し役になります。一人ひとりが「自分は何のために働くのか」を言語化し、それを企業パーパスと重ね合わせるのです。この対話プロセスが、個人の主体性と組織の一体感を同時に育んでいきます。マイパーパスが機能するのは、個人の内発的動機が起点となるため、押しつけ感なく自走できる点にあります。価値観の違いを「対立」ではなく「多様な強み」として共有可能にし、企業パーパスとの接点を各自が見つけることで、納得感のある帰属意識が生まれるのです。多様性を尊重しながら同じ方向を向ける仕組み——それがマイパーパスの持つ、もう一つの大きな価値といえるでしょう。
マイパーパス先行企業に学ぶ浸透施策の設計
マイパーパスを個人で言語化した後、それを組織全体にどう浸透させるかは、多くの企業が直面する課題です。ここでは、先行企業3社の具体的な施策設計から、全社展開のヒントを探ります。各社の共通点と違いを比較することで、自社に合った浸透プログラムの設計イメージがつかめるはずです。
味の素:全社員対象ワークショップとアンバサダー育成
味の素は全従業員3万5000人を対象にマイパーパス・ワークショップを展開しています。2023年秋、まず全執行役25名からスタートし、その後グループ、グローバルへと段階的に広げました。ワークショップでは、参加者が自分の強み・価値観を個人ワークで振り返り、グループディスカッションを通じてマイパーパスを言語化する流れです。タイ味の素社では従業員1800名の参加率が100%に達しており、現場レベルでの浸透度がうかがえます。
この規模感を支えるのが、マイパーパス・アンバサダーの存在です。2024年度に専任組織を発足し、6つのエリアで約50名を育成しました。アンバサダー研修は2段階で構成されています。まずステップ1でワークショップの基本構造を習得し、続くステップ2では外部ファシリテーターの監督下で実践してフィードバックを受けます。現地文化に精通したアンバサダーがワークショップ構成を柔軟に修正できる点が、グローバル展開の鍵になっています。
自社で導入を検討する際は、まず経営層から着手し、トップの体験談を社内発信の起点にすることが重要です。外部ファシリテーターの活用は初期フェーズに限定し、社内アンバサダーへ段階的に移行する計画を立てるとよいでしょう。さらに、参加者の声をもとにワークショップの内容を継続的に改善する仕組みを組み込むことも忘れてはなりません。「まず経営層、次にアンバサダー、そして全社員へ」という三段階の設計は、規模を問わず応用しやすいモデルといえるでしょう。
SOMPO:MYパーパス1on1で対話文化を根づかせる
SOMPOグループが重視するのは、ワークショップのような単発イベントではなく、上司と部下が毎月繰り返す「MYパーパス1on1」という継続的な対話の仕組みです。この1on1の最大の特徴は、業務の進捗を扱う「コトの1on1」と明確に分けている点にあります。MYパーパス1on1では仕事の話ではなく、「あなたは何を大切にしているのか」「どんな未来を実現したいのか」といった人そのものをテーマに対話を深めていきます。
形骸化を防ぐための工夫も周到です。マネジメント層全員を対象にグループ横断の1on1研修を実施し、延べ6600人が参加済みです。研修参加者の95%以上が満足と回答しており、「飲み会では聞けなかった部下の本音が聞けた」との声も寄せられています。部長クラスは毎月の対話に加え、年2回の振り返り面談でパーパスの実践をフォローする体制です。
成果は数字にも表れています。MYパーパスの言語化度合いとエンゲージメント・スコアの相関係数は0.71と高く、対話の積み重ねが組織の活力に直結することを裏づけました。自社への導入を考える際、既存の1on1制度にパーパス対話の枠を加えるだけで始められる手軽さは大きな利点でしょう。まずはマネジャーの対話スキル研修に投資し、「聴く力」を底上げするところから検討してみてください。
富士通:パーパスカービングと双方向コミュニケーション
富士通が2020年から展開する「Purpose Carving®」は、企業パーパスをそのまま押しつけるのではなく、一人ひとりが自分の言葉で「自分のパーパス」を彫り出す対話プログラムです。2025年5月時点でグローバル8万3000人が実施済みという規模感が、この取り組みの本気度を物語っています。
このプログラムは、対話を通じて個人のパーパスを明確化し、企業パーパスとの重なりを見つける「Purpose Carving®」を核としています。経営陣から段階的に全社へ広げるカスケードダウン方式で展開され、マイパーパス宣言が実施されます。さらにチームビルディングやポスティングなど、日常業務の中でパーパスを語る場面を増やす工夫もなされています。
特筆すべきは、上司と部下の対話を通じて信頼関係が深まり、それが全社展開の決め手になった点でしょう。トップダウンの号令だけでなく、現場の手応えがボトムアップで経営判断を後押ししました。グローバル展開では、企業パーパスとの「重なり」を自分ごと化することが、文化や職種の違いを超えた共通言語になると考えられています。また、「彫り出す(カービング)」という比喩が示すように、正解を与えるのではなく本人の内側から引き出すプロセスを重視しています。この手法は社外(東京電力グループなど)への提供実績もあり、その再現性が検証済みです。「個人の自由度」と「企業の方向性」は二者択一ではありません。両者の重なりを丁寧に見つけるプロセスこそが、富士通のパーパスカービングが教えてくれる最大のヒントです。
3社の施策をひと目で比較
| 項目 | 味の素 | SOMPO | 富士通 |
|---|---|---|---|
| 主な手法 | 全社員対象ワークショップ+アンバサダー育成 | MYパーパス1on1(毎月の対話) | Purpose Carving®(対話プログラム) |
| 展開の起点 | 2023年秋、全執行役25名から段階的に拡大 | マネジメント層全員の対話研修 | 経営陣から全社へのカスケードダウン |
| 規模・実績 | 全従業員35,000人対象。タイ味の素社は1,800名・参加率100% | 1on1研修に延べ6,600人参加、満足95%以上 | 2025年5月時点でグローバル83,000人 |
| 特徴的な仕組み | 6エリアで約50名のアンバサダーを2段階研修で育成 | 「コトの1on1」と分離し、人そのものをテーマに | マイパーパス宣言、チームビルディング等で日常に接続 |
| 効果の捉え方 | 統合報告書の開示施策と連携 | 言語化度合いとエンゲージメントの相関係数0.71 | 上司部下の信頼関係が全社展開の決め手。社外提供実績あり |
3社に共通するのは、いずれも個人の内発的動機を組織の力に変える仕組みを持っている点です。アプローチは異なりますが、「個人の言葉を起点にする」という設計思想は共通しています。
まとめ
マイパーパスは、一度つくって終わりではなく、キャリアや暮らしの変化に合わせて育てていくもの。「自分が働く理由」を自分の言葉で明確にし、企業パーパスとの共鳴はエンゲージメント向上につながる重要な要素です。味の素・SOMPO・富士通の事例が示すように、対話の継続が浸透のカギを握ります。そして、適宜見直しをかけ「生きた軸」へとアップデートし続けることが大切です。完璧な言葉にする必要はありません。小さな一歩が、あなたの働き方を変える起点になるはずです。









