2026年4月16日(木)に『なぜ組織は変わらないのか? 人的資本経営の現在地と次なる一手』と題したセミナーを開催しました。株式会社揚羽のブランディングコンサルティング部・執行役員の黒田天兵と、株式会社日本総合研究所のリサーチコンサルティング部・シニアマネージャーの國澤勇人 氏が登壇し、人的資本経営の基本的な考え方から、現在の課題、そして今後求められる人材戦略のあり方について解説しました。

本セミナーレポートでは、「人的資本の開示は進んでいるが、組織の実践が伴わない」という課題を整理し、経営戦略と連動した人材戦略のあり方、そして企業価値向上につなげるための具体的な人的資本投資やブランディングの視点について詳しくお伝えします。

人的資本経営とは?経済産業省の定義と2つの構成要素

経済産業省の定義によると、人的資本経営とは「人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」を指します。

従来のように人材を単なる「労働力」として扱うのではなく、企業価値を生み出す重要な「資本」として位置づけるのが特徴の考え方です。

出典:経済産業省|人的資本経営~人材の価値を最大限に引き出す~

近年、多くの企業が取り組みを進めている人的資本経営は、主に以下の2つの要素で構成されています。

  • 経営戦略と連動した人材戦略の「実践」
  • 人的資本の「開示」

つまり、単に人的資本に関する数値を公開するだけではなく、「どのような人材戦略で企業価値を高めていくのか」を実行し、その内容を社内外へ的確に発信していくことが求められています。

有価証券報告書における人的資本開示の義務化と現状

2020年以降、「人材版伊藤レポート」や「コーポレートガバナンス・コード」など、人的資本に関する制度整備が進められてきました。特に2023年以降、有価証券報告書での人的資本開示が求められるようになったことで、対応を急ぐ企業が増加しています。

こうした流れを受け、TOPIX100企業の有価証券報告書における人的資本に関する記載量は増加傾向にあり、2024年度の平均3.25ページから、2025年度は平均4.12ページへと拡大しました。現在、多くの企業において、情報開示そのものは充実しつつある状況です。

開示が求められる3つの主要項目

2023年3月末以降の決算期から、有価証券報告書では主に以下の3項目について開示が求められています。

  1. 人材育成方針・社内環境整備方針:どのような人材を育成し、どのような環境を整備していくのか
  2. 指標の内容・目標・実績:人的資本施策に関する具体的なKPIや進捗
  3. 多様性に関する指標:女性管理職比率、男性育休取得率、男女間賃金格差など

また、ISO30414の基準に沿ってTOPIX100企業の開示内容を分類すると、特に「ダイバーシティ」や「組織風土」に関する指標が多く見られます。

企業が抱えるインナーブランディング課題と人的資本経営の接点

揚羽では、インナーブランディングに関するご相談が多く寄せられますが、その内容を詳しく分析すると、実際には人的資本経営に直結するテーマが多数含まれています。具体的には、以下のようなテーマが一例です。

  • 自己学習
  • DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)
  • 組織風土改革
  • キャリア自律
  • 人事制度刷新
  • 男性育休

これらはグローバル基準で見ても日本企業が遅れを取っている領域でもあり、多くの企業が早急な対応を迫られています。また、「従業員エンゲージメントを高めたい」という相談を起点に、従業員を巻き込んだパーパス策定へと発展するケースも増加しています。

揚羽では、このようなケースについて、以下のような独自のプロセスでパーパス策定を進めています。

揚羽のパーパス策定のご支援プロセス

人的資本経営の現在地:経営トレンドは「理念策定」から「実践」へ

人的資本の開示が進む一方で、現在の大きな課題となっているのが、人的資本経営における「実践」です。ここでは、人的資本経営の現在地について整理していきます。

パーパス策定後に問われる実践フェーズ

人的資本経営が注目される以前、2020年前後の経営トレンドは、サステナビリティやパーパス経営が中心でした。「自社は何のために存在するのか」を問い、そこから新規事業や既存事業の深化を考える流れです。

人的資本経営登場以降の経営のトレンド変化

実際に、揚羽の調査でも2025年時点で88%の企業がパーパスを策定済みという結果も出ています。

参考記事:“人的資本経営時代”におけるインナーブランディング実態調査

しかし2023年以降は、その理念をどう実現するのか、また実現のためにどのような人材が必要なのかという「実践フェーズ」へ移行しています。

このフェーズでは、パーパスや経営方針を定めるだけでなく、「戦略をどう実行するのか」「必要な人材をどう育成・採用するのか」という実行力が求められています。そこで改めて「本来の人材戦略とは何か」が問われています。

日本企業が陥る「開示先行」の課題

現在の日本企業は、人的資本の「開示」は進んでいる一方で、「実践」が追いついていない状態にあります。背景として、「経営戦略と人材戦略を連動させる」とは具体的にどういう状態なのか、明確な共通解がまだ十分整理されていない点が挙げられます。

2026年3月に改訂された「人的資本可視化指針」においても、現状は重要性の指摘にとどまり、具体的な考え方やステップの記述は限定的でした。

そのため、開示内容が「女性管理職比率」や「エンゲージメントスコア」といった一般的な指標にとどまり、経営戦略との連動に関する記述が見られないケースも存在します。

こうした課題をふまえ、「人的資本可視化指針(改訂版)」では、経営戦略と連動した人材戦略・人的資本投資をどのように考え、実践するかについて、新たな国際基準をふまえた考え方が整理されています。

出典:内閣官房・金融庁・経済産業省|人的資本可視化指針(改訂版)

人的資本経営の実践に不可欠な「3つの視点」と「5つの要素」

具体的に、人的資本経営における「実践」とはどのような状態を指すのでしょうか。経済産業省を中心とした議論では、以下の「3つの視点」と「5つの要素」が重要なポイントとして整理されています。

3つの視点 5つの要素
経営戦略と人材戦略の連動 動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用
「As is-To beギャップ」の定量把握 ダイバーシティ&インクルージョン
企業文化への定着 エンゲージメント
リスキル・学び直し
時間や場所にとらわれない働き方

その中でも特に重要視されているのが、以下の2点です。

  • 経営戦略と人材戦略の連動
  • 動的な人材ポートフォリオ計画の策定・運用

これらは、投資家やアナリストの関心が非常に強いテーマです。金融庁の資料でも、「社員のキャリア形成」や「経営戦略と人材戦略の連動」に対する高い期待が示されています。

金融庁「記述情報の開示の好事例集2023 3.人的資本、多様性等の開示例」「投資家・アナリストが期待する主な開示のポイント」(2023年12月27日)

最大の課題:「経営戦略と人材戦略の連動」とは何か?

株式会社日本総合研究所では、「経営戦略と人材戦略の連動」を、「中長期的にありたい姿を実現するために必要な人材を特定し、確保・維持する施策を講じている状態」と定義しています。

つまり、最も重要なのは「必要な人材を特定すること」です。

事業フェーズによって必要な人材が変化します。たとえば、将来的に異なるスキルを持つ人材群が必要になる場合は、新規採用だけでなく、育成や配置転換も含めて人材ポートフォリオを変化させていく必要があります。

ここで重要なのは、単に研修や異動を行うのではなく、「経営戦略を実現するために必要な人材をどう確保するか」という視点で施策を設計することが、本来の人的資本投資につながります。

人材戦略は「戦略実現のための設計図」

人材戦略とは、単なる人事施策の寄せ集めではありません。戦略実現に必要な人材を特定し、その人材を確保・維持するために必要な施策を定めることこそが、本来の人材戦略です。

具体的には、以下のような施策が、すべて経営戦略の実現につながる形で設計されている必要があります。

  • 採用
  • 育成
  • 配置転換
  • 評価制度
  • エンゲージメント向上

人的資本投資と企業価値向上の関係性

人的資本経営では、「どれだけ投資したか」ではなく、「その投資が企業価値向上につながっているか」が重要です。

そのためには、以下のポイントを整理する必要があります。

・どのような人材が必要なのか
・その人材を確保するために何へ投資すべきか

有価証券報告書では、人材戦略と一貫性のあるストーリー性が求められます。

具体的には、以下の要素が一連のストーリーとしてつながり、「将来の戦略実現にはどのような人材が必要で、そのためにどのような施策へ投資していくのか」を説明できることが重要です。

  • ありたい姿
  • 必要な人材像
  • 人材確保
  • 育成施策
  • 投資内容
  • 成果指標

この状態こそが、「人的資本経営の実践」と「人的資本の適切な開示」が両立している状態といえます。

人的資本経営を加速させるブランディングの役割

ブランディングにおいては、自社のコンセプトや価値観、ポジショニングを明確にした上で、必要な人材像を定義します。これはまさに、「経営戦略と人材戦略の連動」に直結する考え方です。

重要なのは、「必要な人材を育成・定着させるインナーブランディング」と「必要な人材を惹きつけるアウターブランディング」を両輪で進めることです。

揚羽ではこれを「バタフライモデル」と定義しています。社内外へ一貫したメッセージを発信することで、企業が目指す姿の実現に必要な人材が集まり、育ち、定着するサイクルが生まれます。

株式会社揚羽のバタフライモデル

まとめ:これからの人事に求められる役割

これまでの人事は、「人材の管理」が中心でした。しかし、今後は、「経営戦略に必要な人材」を明らかにし、社内外へ発信する役割へと変化します。

求職者には「求める人材像」を伝え、投資家には「経営と人材の戦略をどう連動させ、企業価値向上につなげるか」を説明することが重要です。

人的資本経営において、社内外へのブランディングはますます重要性を増しています。人的資本経営は単なる情報開示ではなく、本質的には以下の要素を一貫してつなげ、中長期的な企業価値向上を実現する経営そのものです。

  • 経営戦略
  • 必要な人材像
  • 人材戦略
  • 人的資本投資
  • ブランディング

人的資本経営が次のフェーズへ進む今、企業には開示のためではなく、戦略実現のための人的資本投資が求められています。


人的資本経営に向けたインナーブランディングは、本質的に取り組むことで、「経営戦略と連動した人材の獲得・育成」や「組織風土の改革」「従業員エンゲージメントの向上」など、経営や人事が目指す企業価値向上を実現するための強力な基盤になり得ます。

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