理念やパーパスを従業員に浸透させる「インナーブランディング」は、企業において人的資本経営や持続的成長に直結する重要施策です。本調査レポートでは、理念明文化の状況や浸透施策の実態、従業員の共感度などを明らかにします。
インナーブランディングが企業にもたらす効果
企業理念やパーパス(存在意義)の浸透、いわゆる「インナーブランディング」を実施することで、従業員のエンゲージメント向上や組織の一体感醸成、さらには業績向上に寄与するといわれます。一方で、理念を掲げるだけでは、インナーブランディングの十分な効果は期待できません。
人的資本経営の重要性が叫ばれる中、社内に対して、どのように理念を浸透させるかが、実務上の課題となっているのではないでしょうか。そこで、国内企業における理念、パーパスの明文化や浸透施策の実施状況、経営層の関与度、従業員の共感度や効果実感など、インナーブランディングの現状を多面的に把握すべくアンケート調査を実施しました。
理念やパーパスは、既に“当たり前”の存在に
アンケート調査(有効回答数75件)の結果、全体の88%(66件)にあたる企業が理念やパーパスを明文化していると回答しました。企業理念や存在意義を明文化することは、従業員にとって共通の拠り所を持つことにつながり、組織の方向性を示す大切なプロセスです。国内企業の大半が既にこの段階に到達しており、理念の定義や策定に関しては一定の成熟度を示しています。
2024年に行われた調査によると、「中期経営計画」に関して、上場企業の9割以上が「策定している」と回答しており、理念やパーパスの明文化は、中期経営計画と同様に“当たり前”の活動になっているようです。とはいえ、理念を文書として持っていても、それが形骸化してしまっているケースも見受けられます。「存在する」ことと「効果を発揮する」ことの間には大きな差があり、実際に従業員の行動にどの程度反映されているかが、次なる課題といえるでしょう。
経営層の関与度が成否を左右する
理念やパーパスの浸透施策について、「実施している」(38件)との回答が過半数を超えましたが、「一部のみ実施」(29件)、「実施していない」(8件)と回答した企業もありました。多くの企業で取り組みを始めてはいるものの、必ずしも全社的、体系的に展開されているわけではないことが、実情として明らかになりました。

特に、浸透施策が限定的な企業では、施策自体がイベント的に行われるにとどまっており、日常の業務プロセスや人事制度と十分に連動していない傾向が見られます。浸透のためには、単発的な活動ではなく、継続的かつ仕組みとして組み込まれた活動が不可欠になるでしょう。
インナーブランディングにおける経営層の関与度についての質問には、「積極的に関与している」(25件)との回答が3割強にとどまりました。一方で「ある程度関与している」(36件)との回答は過半数を占めており、多くの経営層が一定の関心は持っているものの、実際に主導的な役割を果たしているケースは限定的であることがうかがえます。
経営層が理念やパーパスの発信者、体現者としての役割を果たすことは、インナーブランディングの成否を左右するはずです。従業員にとって経営層の言動は、強い影響力を持つものの、「あまり関与していない」(12件)、「まったく関与していない」(2件)と関与度が低い企業が2割弱存在しており、経営層の活動が十分ではないケースも見られました。

理念への共感は高いが、行動化に課題
従業員の間で理念やパーパスが、どの程度共有されているかについては、「ある程度共有されている」(40件)との回答が半数以上を占めました。ただ、「十分に共有されている」(10件)と回答した割合は約13%にとどまり、「あまり共有されていない」(23件)と「まったく共有されていない」(2件)とで、25件との回答も3割弱に達しました。
これは従業員にとって、理念が「理解されている」段階にとどまり、「自分ごと化」されていないことを示しています。理念を単に知識として持つのではなく、従業員一人ひとりが、自分の役割や行動と結び付けて理解するような施策を講じる必要があるといえます。
理念やパーパスへの共感度については、「非常に共感」(27件)、「ある程度共感」(43件)と9割以上が「共感している」と回答しました。「非常に共感」だけでも36%あり、理念そのものに対する支持は高い水準にあることが確認されました。
「共感していない」「理念を知らない」という回答はなかったものの、少数ながら「あまり共感していない」(5件)との回答も存在しており、企業理念と従業員の価値観の間にずれが生じているケースもあるようです。共感度が高いことはポジティブな兆しですが、それを業務意欲やエンゲージメントの向上に直結させるには、共感を行動に結び付ける仕組みが欠かせません。
「理念策定」から「浸透・活用」への転換点
インナーブランディングが従業員のエンゲージメントや業務意欲に与える効果についての質問には、「非常に感じる」(14件)、「ある程度感じる」(36件)と、「効果を感じる」という回答が約67%と多数派となりました。しかし、「あまり感じない」(22件)、「まったく感じない」(2件)との回答も3割弱あり、効果実感は二極化している状況です。施策が成果につながるかどうかは、組織文化や業務環境との連動度合いに左右されると考えられます。

さらに、自社のインナーブランディングの取り組みが「非常に戦略的」(6件)、「やや戦略的」(35件)と「戦略的である」との回答は約55%あったものの、「戦略的ではない」(26件)、「取り組み自体がない」(6件)というネガティブな回答とやや拮抗する形になりました。まだまだ多くの企業が、理念浸透を戦略的なテーマとして扱う段階には至っていないことが分かります。
本アンケート調査の結果から、国内企業におけるインナーブランディングの現状は以下のように整理できます。
- 理念やパーパスの明文化は、9割弱が実施済み。
- 浸透施策は実施されているものの、体系的な仕組み化には至っていない。
- 経営層の関与は限定的で、象徴的リーダーシップの不足が課題。
- 従業員の共感度は高いが、自分ごと化や共有は十分でない。
- 施策の成果実感にばらつきがあり、戦略性もまだ限定的。
総じて、インナーブランディングは「理念を策定する段階」から「理念を浸透させ、活かす段階」へと進む途上にあると言えるでしょう。今後は、経営層の主体的な関与や、日常業務に理念を連携させる仕組みづくりも求められます。理念の存在が企業文化や従業員の行動に結びついてこそ、インナーブランディングは本来の力を発揮するはずです。
| 【調査概要】 調査名:企業理念やパーパス浸透に関するアンケート調査 調査目的:企業における「インナーブランディング(企業理念やパーパスの浸透施策)」の実態を把握し、今後の施策設計に資する知見を得ること 調査方法:オンラインでのアンケート 調査期間:2025年8月11日~9月1日 調査対象:企業に勤める全職種のビジネスパーソン 有効回答数:75件 |









