2025年12月、採用市場に大きなニュースが駆け巡りました。大手製薬会社のロート製薬が、2027年入社の新卒採用において、これまで実施していた「エントリーシート(ES)による書類選考の廃止」を正式に発表しました。

同社はエントリーシートの代わりに、人事担当者と直接対話する「Entry Meet(エントリーミート)」を導入すると宣言しました。その理由として挙げられたのが、「生成AIの普及による応募書類の均質化」です。

参考リリース:ロート製薬 エントリーシートによる書類選考を廃止し、対話を起点とした「Entry Meet採用」を導入

こうした動きは一過性の流行ではなく、「ChatGPT等の生成AI普及によって引き起こされた、従来の選考モデルの機能不全」という構造的な課題に起因しています。

かつて就職活動の第一関門であったエントリーシートは、学生の論理的思考力や熱意を測るツールとして機能していました。しかし、AIが容易に高品質な文章を作成できる現在、その選考基準としての信頼性は揺らいでいます。

本記事では、「エントリーシート廃止」が注目される背景と、それに伴う採用プロセスの変化について解説します。また、形骸化した選考を見直すことが、いかにして「業務効率化」「採用の質」「企業ブランディング」の向上につながるのか、具体的な事例を交えて考察します。

第1章:エントリーシート選考が機能しなくなった「3つの構造変化」

これまで一般的だった「まずはエントリーシート提出」というフローが、なぜ見直されているのか。現場の人事担当者が直面しているのは、以下の3つの変化です。

1. 候補者のコモディティ化(均質化)

最大の要因は、生成AIによって「一定水準の文章」が誰でも作成可能になったことです。

マイナビの調査によると、2025年卒の就職活動において、すでに半数以上の学生が生成AIを利用した経験があると回答しています。これは一部の学生に限った話ではなく、就活における標準的なツールとなりつつあります。これは2024年に発表されたデータのため、より生成AIの認知・進化した現在では、より多くの学生が利用している状況であることは間違いありません。

参考データ:マイナビ 2025年卒大学生活動実態調査

その結果、企業に提出されるエントリーシートは、文法的に正しく整った「優等生的な回答」ばかりとなり、候補者ごとの個体差が見えにくくなりました。「書類選考によるスクリーニング(絞り込み)」が、事実上機能しなくなっているのが現状です。

2. 「AI vs AI」による工数とコストの浪費

業務効率の観点でも深刻な課題があります。学生がAIを用いて作成した大量のエントリーシートを、企業側がAIツール(キーワード抽出や合否判定システム)で読み込む、いわゆる「AI vs AI」の構図です。

例えば、数千件のエントリーシートを処理するために導入したAIシステムが、「学生側がAIで最適化したキーワード」を拾っているだけだとすれば、そこに人間的なマッチングの要素は存在しません。膨大なエントリー数を捌くためのシステム投資や運用工数が、選考精度の向上に寄与していないという「投資対効果の悪化」に気づいた企業から、テキスト選考からの脱却を進めています。

3. 面接現場での「実力乖離」

書類選考を通過しても、次のフェーズで問題が発生します。「文章は論理的だったが、面接では自分の言葉で話せない」「志望動機の深掘りに答えられない」といったケースです。

AIに依存して作成されたエントリーシートが増加したことで、面接現場では実力の乖離が頻発しています。

参考記事:「AIにES(履歴書)を書かせる就活生が急増」(東洋経済オンライン)

面接官のリソースは有限です。「会ってみないと分からない」学生が増えるほど、本来時間を割くべき優秀層への対応がおろそかになり、採用効率の低下を招きます。

第2章:企業の対策は「書かせる」から「語らせる・使いこなす」へ

こうした背景から、2026年卒採用では「脱・文章偏重」が明確なトレンドとなり、2027卒採用も継続してその傾向になるでしょう。エントリーシートの代替手段として、企業は主に3つの方向へシフトしています。

戦略A:対話・非言語情報の重視 ~対面・動画選考への移行~

AIが模倣できない「対話」や「非言語情報」を評価するアプローチです。

冒頭でもご紹介した、ロート製薬が導入した「Entry Meet採用」が典型例です。同社はエントリーシート選考を廃止し、全国8拠点で実施する「人事担当者との15分間の対話」を選考の第一ステップとしました。書類上のスペックや文章力ではなく、実際に会って話すことでしか分からない「人柄」や「熱量」を最初から評価する狙いです。

参考リリース:ロート製薬 エントリーシートによる書類選考を廃止し、対話を起点とした「Entry Meet採用」を導入

また、「動画選考(録画面接)」の導入も増えています。スマートフォンで30秒〜1分程度の自己PR動画を撮影し提出させることで、対話形式に近い形で「人柄」や「雰囲気」を初期段階から評価できます。

学生側も「自分の人柄を見てほしい」という意向を持っており、接客業や営業職など、対人コミュニケーションが重視される職種では、特に有効な手段です。

戦略B:実務能力の重視 ~ワークサンプルテスト~

「AIで作ったかどうか」ではなく、「AIを活用して、いかに質の高いアウトプットを出せるか」を評価します。

エンジニア職におけるコーディングテストのように、ビジネス職においても「特定の課題に対する解決案」や「実務シミュレーション(ワークサンプル)」を課す企業が増えています。

エントリーシートの志望動機欄を埋める代わりに、例えば「当社の新サービスの改善案を提示せよ(AI使用可)」といった課題を出し、そのアウトプットの質を評価します。これにより、口先や文章力だけでなく、実際のビジネス基礎能力を測定することが可能です。

第3章:選考プロセスの再設計による「経営的メリット」

「エントリーシート廃止」や「動画選考導入」は、単なる手法の変更にとどまらず、採用活動全体に以下の経営的メリットをもたらします。

1. 採用ブランディングの差別化とリスク回避

「エントリーシート不要」「AI活用OK」という方針は、他社との明確な差別化になります。依然として手書き履歴書や長文記述を求める企業が多い中、効率的な選考フローを提示することで、「変化に対応できる企業」「合理性を重んじる企業」という印象を与えられます。

逆に、旧態依然とした選考プロセスを続けることは、デジタルネイティブであるZ世代や優秀なテック人材から「DXが遅れている企業」「社員の時間を大切にしない企業」と見なされる「ネガティブ・ブランディング」のリスクとなります。選考体験(CX)は、そのまま企業のブランドイメージに直結します。

2. 候補者体験(CX)の向上と歩留まり改善

リクルーター目線では、エントリーシートの読み込み工数を削減することで、その時間を候補者との対話(カジュアル面談)などに充てることができます。

また、選考結果が出るまでのリードタイム短縮と、対人コミュニケーションの増加は、候補者体験(CX)を改善し、結果として内定承諾率の向上に寄与します。「書類選考で待たされる企業」よりも「スピーディーに面談に進める企業」が選ばれるのは必然です。

3. ミスマッチの早期発見

文章力のみで評価して採用した場合、配属後にコミュニケーション面でのミスマッチが生じるリスクがあります。動画選考や実技テスト(AI公認の課題解決など)へシフトすることで、入社後のパフォーマンスに近い姿を選考段階で確認でき、早期離職のリスク低減につながります。

第4章:導入に向けた実務ステップ ~小さく始める~

いきなり全社的なエントリーシート廃止をすることに抵抗がある場合、以下のようなステップで段階的に導入することを推奨します。

ステップ1:ターゲットを限定したテスト導入

全職種ではなく、影響範囲の限定的な箇所からスタートします。

  • インターンシップ選考: 本選考前に動画選考やAI公認課題を導入し、学生の反応や運営工数の変化を測定する。
  • 特定職種: エンジニアやデザイナーなど、ポートフォリオ(成果物)評価が馴染みやすい職種からエントリーシートの比重を下げる。

ステップ2:評価基準の再設定

手法を変える場合、評価基準の更新が不可欠です。

  • 対面・動画選考の場合: 「話の内容」よりも「印象」「話し方」「熱量」といった非言語項目を評価軸に組み込む。
  • AI公認の場合: 「回答の正解」ではなく「AIへの指示の出し方(プロンプト)」や「情報の取捨選択プロセス」を評価する。

ステップ3:学生への透明性ある情報発信

「なぜエントリーシートを廃止するのか」「なぜAIを公認するのか」という意図を、採用サイトや説明会で明確に伝えます。企業のスタンスを明示することで、その方針に共感する学生(カルチャーフィットの高い層)からの応募を促進できます。

まとめ:採用手法に合わせた「評価基準」の再定義を

生成AIの普及により、従来の文章力によるスクリーニング機能は限界を迎えています。この課題に対し、先進的な企業は「動画選考(非言語情報の活用)」や「AI公認(活用スキルの評価)」、そして「ワークサンプル(実務能力評価)」へとシフトしており、結果として業務効率化と採用ブランディングの向上を同時に実現しています。

重要なのは、手法の変化に合わせて「自社が何を見極めたいか」という評価基準そのものを再定義することです。従来の手法に固執せず、まずは一部のフローからでも新しい選考プロセスを試行することが、これからの時代の採用成功に向けた現実的な一歩となります。