2025年11月12日(水)に『中期経営計画を機に考える「企業ビジョン」』と題したセミナーを開催しました。株式会社揚羽のブランディングコンサルタント/クリエイティブ・ディレクター 應本 幸紀が登壇し、中期経営計画とビジョンの関係性やビジョンの構築方法について解説しました。

本セミナーレポートでは、多くの中期経営計画が直面する「社内浸透」の壁から、それを乗り越え現場と接続するための「ビジョン」の活用法、そして社員の共感を生む「言語化プロセス」や具体的な「浸透施策」までを、詳しく解説します。

なぜ中期経営計画は社員に響きにくいのか

今や中期経営計画を策定するのが一般的になりつつあり、数年に一度見直す企業が増えています。

株式会社タナベコンサルティングが実施した調査によると、中期経営計画を策定している企業は8割以上にものぼり、うち上場企業では9割以上が策定しているとの調査結果も出ています。

中期経営計画は、企業の今後の方針を具体的に知るための重要なツールです。しかし、策定後の課題として多くの企業から聞かれるのが、「社内外への発信」と「浸透」の壁です。

社員が腹落ちしない「3つのハードル」

中期経営計画が社員に伝わりにくい理由として、以下の3つのハードルが挙げられます。

  • 情報量が多い:外部環境分析、財務・非財務目標など、膨大なデータが詰め込まれている。
  • 内容が複雑:経営視点で書かれているため、読み解くのにリテラシーが必要。
  • 社員の日常から遠い:日常業務との接点が見えづらい。

中期経営計画は、将来に向けた経営方針や経営目線での外部環境・内部環境の分析、財務・非財務目標など重要情報が多く盛り込まれていますが、社員にとっては読み解くことが難しい資料です。

将来の方針となる中期経営計画は、社員も知り、日常業務で意識した方が良い内容であるものの、その内容の複雑さや情報量の多さから、日常的な現場にどう直結するのか腹落ちしにくいといえます。

そこで、中期経営計画を現場に接続するための手段として、「ビジョン」が有効です。

中期経営計画が「具体策・数値(How/What)」であるのに対し、ビジョンは「未来のありたい姿(Where)」を情緒的かつ端的に示したものです。

中期経営計画を「ビジョン」として「未来のありたい姿」という語り口にすることで、堅苦しくなく、社内外に発信しやすくなります。だからこそ、中期経営計画と同時にビジョンに関する資料を発行し、セットで発信する企業が増えているのです。

パーパス・ビジョン・バリューの関係性

ここで改めて、ビジョンの定義を整理しましょう。ビジョンはパーパス、バリューと接続するものであり、これらは山登りに例えるとわかりやすくなります。

  • パーパス:なぜ登るのか?|企業の存在意義や大義(Why)
  • ビジョン:どこを目指すのか?|パーパスに近づくための中長期的な到達点・ありたい姿(Where)
  • バリュー:どう登るのか?|社員一人ひとりが持つべき価値観や行動指針(How)

ここで重要なのは、ビジョンは時間経過や到達度によって変化することを前提としている点です。

「5年後、私たちはこうなっていたい」という到達イメージは、3〜5年スパンで見直される中期経営計画と相性が良いのです。

複雑な戦略を「つまり、私たちは未来でこういう姿になっている」という言葉に変換することで、社員も理解しやすくなります。

強い組織の「軸」をつくる、ビジョン言語化の具体的プロセス

ビジョンは、自社の現在の強み・提供価値、外部環境、未来での強み・提供価値を総合的に検討しながら構築していきます。

では、具体的にどのようにして「社員の腹落ちするビジョン」をつくればよいのでしょうか。単に聞こえの良い言葉を並べるだけでは、現場には響きません。

ここでは、揚羽が実施する「今と未来を考えるワークショップ」も例に、そのプロセスを紐解きます。

①「現在」と「未来」を3つの視点から企業ブランドを考える

ビジョン策定において不可欠なのは、自社の現在地と未来の理想像を客観的に見つめ直すことです。揚羽が実施するワークショップでは、まず以下の3つの視点から企業の現在と未来を考えていきます。

  • 社会への価値:社会に対してどのような貢献・影響を与えているか/与えたいか。
  • 顧客への価値:顧客からどう見られているか/どう見られたいか。
  • 組織の強み:自社のカルチャーや資産は何か/どう進化させたいか。

ここで挙げられたキーワード以外にも、キーパーソンインタビューや社員アンケートなどを活用して企業のブランド要素を抽出していきます。

インタビューでは、中期経営計画やビジョンを策定する社長や役員、次世代を担う社員などの特定の人物の想いを収集します。

▼ワークショップでのキーワード抽出例

②「ブランドストラクチャー」でコアバリューを抽出する

集まったキーワードを整理し、企業の核となる価値(コアバリュー)を導き出すために有効なのが「ブランドストラクチャー」という考え方です。

これは、企業の価値を以下の4層構造で整理する手法です。

  • 属性価値:すでに備えている客観的・物理的な特徴。
  • 機能的価値:属性価値から考える機能的な価値・便益。
  • 情緒的価値:機能的価値から生まれる情緒的でポジティブな感情。
  • コアバリュー:顧客や社会に与えていく中核的な提供価値。

例えば、製品のスペックなどの「属性」から出発し、それが顧客にどんな利便性をもたらすか(機能)、さらにどんな高揚感や安心感を与えるか(情緒)まで深掘りすることで、単なる機能説明ではない「企業の魂」ともいえるコアバリューが見えてきます。

▼ブランドストラクチャーの例

このコアバリューこそが、ビジョンやタグライン、ロゴデザイン、そして日々の行動指針の揺るぎない根拠となります。

つまり、ビジョンの背景にはコアバリューがあり、コアバリュー誕生の背景を紐解くと、ビジョンの根底には多くの想いや企業のブランド価値が詰まっています。ビジョンとは言葉選びだけでなく、企業の「魂」そのものなのです。

「つくって終わり」にしない、ビジョンを組織に浸透させる5つのフェーズ

どんなに素晴らしいビジョンができても、それが飾られただけでは機能しません。中期経営計画と同様に、ビジョンも浸透して初めてその価値を発揮します。

ビジョン浸透のフェーズとして、揚羽は「認知」「理解」「共感」「行動」「相互理解」の5つがあると考えています。

  • ①認知:ビジョンの存在を知る、接触機会を増やす。
  • ②理解:なぜそのビジョンになったかの背景を知る。
  • ③共感:「いいな」「自分もそうありたい」と感情が動く。
  • ④行動:具体的なアクションに落とし込む。
  • ⑤相互理解:社員同士で称賛し合い、文化として定着する。

ここで重要なのは、ビジョンが「上から押し付けられ、従うもの」ではなく、「未来の組織のために一人ひとりが育むもの」という「自分ごと化」への意識変革を行うことです。

初期の「認知・理解」フェーズでは会社側からの発信が主になりますが、「共感・行動」フェーズへ進むには、社員自身が「自分の業務でこのビジョンを体現するには?」と考える機会を提供し続けることが重要です。

よくある質問

ここでは、本セミナーで寄せられたビジョンに関する質問に回答しています。

Q.中期経営計画とビジョンは、どちらが先に存在すべき?

理想は「ビジョンが先」ですが、並行しても、後からビジョンを策定しても問題ありません。

本来は「未来のありたい姿(ビジョン)」があるからこそ、そこに至るための「計画(中期経営計画)」が生まれます。そのため、ビジョンが先にある方が論理的です。しかし、実務上は中期経営計画の策定タイミングに合わせてビジョンを見直す企業も多く、両者が整合していれば、作成の順序にとらわれる必要はありません。

重要なのは、中期経営計画やビジョンの基盤となる「現在と未来を正確に言語化できているか」です。

Q.ビジョンを見直すサイクルはどの程度の期間が多い?

ビジョンには、中期経営計画に合わせて見直す「中期ビジョン」と、10年後のように長期的な未来を見据えた「長期ビジョン」があります。

中期ビジョンであれば、中期経営計画に合わせて3年〜4年程度の期間で見直される場合が多いでしょう。

変化の激しい現代では、パーパスに近い長期ビジョンを持ちつつ、中期経営計画ごとにマイルストーンとしての中期ビジョンをアップデートしていくのもひとつの方法です。


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