2025年11月27日(木)に『企業の「らしさ」を強くする戦略的ブランドマネジメント』と題したセミナーを開催しました。株式会社揚羽のブランディングシニアコンサルタント/クリエイティブ・ディレクター 板倉マサアキとアートディレクター/デザイナー 近藤海空が登壇し、戦略的ブランドマネジメントに必要なコミュニケーションやガイドラインについて解説しました。
本セミナーレポートでは、企業や製品が持つ本来価値を「らしさの資産」へと育てるための考え方をはじめ、単なるロゴ管理にとどまらない「ブランドガイドライン」の重要性と構築手法、そして揚羽の実例を用いた具体的な「言語化・視覚化プロセス」までを、詳しく解説します。
ブランドとは「らしさの資産」
揚羽では、ブランドを「らしさの資産」と定義しています。ここでいう「らしさ」とは、企業や製品・サービスが本来持っている固有の価値(=本来価値)そのものを指します。
そしてブランディングとは、この「らしさ」の魅力をステークホルダーに正しく伝えるためのコンテンツを制作し(見える化)、信頼関係を築くプロセス(関係づくり)を通じて、本来価値をかけがえのない「資産」へと育てていく活動全般を指します。
ブランドを強化する経営上のメリット
ブランドを強化することは、単なるイメージアップにとどまらず、経営上において以下のような実質的なメリットをもたらします。
- 競合との差別化:代替不可能な独自の立ち位置を確立できる
- 有利な取引条件:ブランド力による信頼が、価格交渉や提携において優位に働く
- リピート率の向上:顧客との情緒的なつながりが強まり、LTV(顧客生涯価値)が高まる
これらの要素が組み合わさることで、ブランドは「持続的かつ利益を伴う事業成長の基盤」となるのです。
「らしさ」を作る一貫したブランドコミュニケーション
強いブランドを築くためには、全てのステークホルダーに対して一貫したメッセージを発信し続ける必要があります。
企業を取り巻くステークホルダーには、従業員、顧客・取引先、株主・投資家、学生・求職者など、多様な属性が存在します。ここで重要な視点は、「ステークホルダーは時間の経過とともに属性を変える」ということです。
たとえば、今日の「学生や求職者」は、明日には入社して「従業員」となり、数年後には「取引先」や「顧客」、あるいは「株主」になる可能性があります。
もし、部署ごとに発信するメッセージやビジュアルがバラバラであれば、ステークホルダーの中に蓄積されるイメージも分散してしまい、強固なブランドイメージは形作られません。
相手の属性が変化しても、どのタッチポイントでも「その企業らしさ」を同じ熱量で感じさせる一貫したコミュニケーションこそが、強いブランドをつくり上げます。
ブランドマネジメントにおける現場の「困りごと」
理想的なブランドマネジメントの重要性は理解していても、それを実践できている企業は多くありません。実際に、広報や経営企画のご担当者からは、日々の運用において以下のような悩みが頻繁に聞かれます。
- 「部署ごとにブランド表現がバラバラで、統一感がない」
- 「統一したい思いはあるが、チェックや管理に割けるリソース(工数)がない」
- 「新しい施策を打つたびに、ゼロからブランド表現を考えている」
- 「ブランドイメージを担保するための拠り所がロゴの使用ルールしかない」
これらの課題を根本から解決するのが、単なるロゴの使用マニュアルを超えた「ブランドガイドライン」です。
「ブランドガイドライン」と「ロゴマニュアル」の決定的な違い
一貫したコミュニケーションを実現する武器となる「ブランドガイドライン」は、一般的な「ロゴマニュアル」とは役割が大きく異なります。
- ロゴマニュアル:主にロゴの余白規定や指定カラー、使用禁止例など、視覚的な最小限のルールを規定したもの
- ブランドガイドライン:ブランドが掲げる「理念」や「個性」、さらにはデザインや言葉といった「表現」までを包括的に規定したもの
ブランドガイドラインの大きな目的は、ステークホルダーに対して一貫した「ブランド体験」を提供することにあります。
ロゴという「点」のルールを守るだけではなく、ブランドの「らしさ」という「面」を規定することで、迷わずにブランドを体現できるようになります。
ブランドガイドラインを策定することで得られるメリット
ブランドガイドラインを策定することで得られるメリットは、対外的なイメージ向上だけでなく、業務効率化やインナーブランディングなど多岐にわたります。
- 「らしさ」が明確に伝わる:独自の個性が研ぎ澄まされ、相手の印象に残りやすくなる
- 広報物の一貫性が保たれる:どの媒体を見ても「この会社だ」と直感的に理解される
- デザインに迷わず、効率化を図れる:デザインやコピーに迷う時間が減り、制作スピードが上がる
- 従業員や協力会社に想いが伝わる:従業員や協力会社に企業の目指す姿が浸透し、共創の質が高まる
これらが相乗効果を生み出すことで、組織全体として一貫したブランドコミュニケーションが実現されます。
ブランドガイドラインを構成する3つの要素
ブランドガイドラインは、単にロゴの表示ルールを規定するだけでなく、ブランドに込めた想い、表現したい世界観を記したものです。社内・社外を問わず、ブランド表現が統一されることで、ブランドの「らしさ」の強化につながります。
揚羽が提案するブランドガイドラインは、主に以下の3つの構成で成り立っています。
①ブランドの価値観
パーパス、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)、ブランドの核となるフレーズなどをまとめたものです。ブランドを表現する際の基準となる「トーン&マナー」を規定し、すべての制作活動におけるブランド全体の支柱となります。
②基本デザインシステム
ロゴのルールに加え、基本カラーパレット、指定フォント、さらには「そのブランドらしい写真表現」などを言語化・視覚化したものです。「なんとなく」の感覚を排除し、一貫したアウトプットを支える具体的な設計図となります。
③展開デザイン(アプリケーション)
基本デザインシステムに基づき、名刺、封筒、パンフレット、Webサイトなどの具体的なデザインサンプルを規定したものです。「実際の制作物にどう落とし込むか」を視覚的に示すことで、運用のズレや迷いを防ぎます。
「らしさ」を抽出するブランドキーワードとは
ブランドガイドラインの核となるのが、ブランドの「らしさ」をいくつかの言葉で表現した「ブランドキーワード」です 。これは、どの場面、どの相手に対しても、ブレることなく一貫した「らしさ」を伝えるための判断基準(軸)となるものです。
たとえば、揚羽の場合は「Humanity(気持ちのいい人間力)」を核とし、そこから派生する「Positive」「Unique」「Advanced」という体系になっています。

揚羽のブランドキーワードは、「Humanity」が核となるキーワードです。「Humanity」を中心に、その信念があるからこそ「Positive」「Unique」「Advanced」な行動が生まれてくるという構造になっています。
このように、単なる単語の羅列ではなく、要素を構造化することが重要です。
ブランドキーワードの導き方
では、これらのブランドキーワードはどのように導き出されるのでしょうか。揚羽では、インタビュー調査、ワークショップ、アンケート調査などの多角的な手法を用いて、社員の中に眠る「らしさ」を掘り起こしていきます。
まずは、「自社っぽいキーワード」を大量に収集し、それらを大きく分類します。ここでは質よりも量を重視し、社員の等身大の言葉を拾い上げることが重要です。


分類された言葉をベースに、アートディレクターが「ブランドの未来」を見据えた具体的なキーワードへと落とし込みます。これは単なる現状肯定ではなく、企業が目指すべき姿を含んだ言葉へと磨き上げる工程です。

キーワードを選定する際、最も重要な基準となるのが、「その言葉を聞いたときに、特定の『色』や『景色』が脳内に浮かぶか」という点です。
たとえば、揚羽が掲げる「Humanity」という言葉からは、多くの人が「暖色系」や「温かみのあるイメージ」を共有できるはずです。このように、言葉の意味だけでなく、共通の「イメージの器」として機能する言葉を選ぶこと。これが後のデザイン展開でブレないガイドラインを作るためのポイントです。
視覚と感性を統一する「コミュニケーションイメージ」と「カラーパレット」
言語化したキーワードを、具体的なデザインへと接続していく工程が「コミュニケーションイメージ」の構築と「カラーパレット」の発想です。言葉だけではどうしても生まれてしまうズレを、視覚の力で統一していきます。
コミュニケーションイメージの構築
まず、抽出したブランドキーワードに合致する写真やビジュアルを厳選し、「ムードボード」を作成します。これにより、ステークホルダーに与えたい「空気感」や「世界観」を可視化し、チーム全体で共有できる状態にします。

独自のカラーパレット作成
次に、ブランドカラー(コーポレートカラー)だけでなく、表現を広げるための補助的なカラーをあらかじめ設定します。「いつも同じ色しか使えない」という窮屈さを解消し、それにより、「らしさ」の強化と運用面での実用性を両立させることが目的です。
- ブランドカラー:企業を象徴する、最も優先順位の高い色
- プライマリーカラー:ブランドカラーに次いで優先的に使用し、印象を補強する色
- セカンダリーカラー:全体のトーンを損なわずに彩りを添える、実用的な補助色
揚羽の場合は、下記のようなカラーパレットを作成しています。

このようにカラーパレットを定義しておくことで、部署や制作者を問わず統一された世界観を維持でき、あらゆるタッチポイントで「らしさ」を強化できます。
ブランドを補完する「グラフィックエレメント」の役割
主要なロゴやカラーに加えて、ブランドの世界観を視覚的に補完するのが「グラフィックエレメント」です。
揚羽の場合、「AGEHA WING(羽)」というモチーフをグラフィックエレメントとして規定しています。これは、「お客さまと手を取り合い共創し、未来へ向かっていく姿」を羽の形で表現した独自のモチーフです。

グラフィックエレメントは単なる「飾り」ではありません。パンフレットやWebサイトなどの制作物にリズムと一貫性をもたらす、重要な機能的要素です。
ただし、エレメントは自由に使ってよいわけではありません。ガイドラインには、その使い方まで規定することが重要です。トリミングのルールやブランドイメージを損なう禁止例を明記することで、誰が作ってもブランドイメージを損なわないアウトプットが可能になります。

ロゴを変えずにブランドをアップデートする「拡張性」
ここまでブランドガイドラインの重要性をお話してきましたが、ガイドラインを策定するにあたり、「今のロゴを変えなければならないのか」という懸念を持つ方がいるかもしれません。
結論から言えば、その必要はないと考えています。ロゴを変えるだけがブランディングではありません。
今のロゴに込められた成り立ちや歴史を深掘りし、改めてステークホルダー調査(ビジュアルオーディットなど)を行うことで、現状のロゴという資産を活かしながら、ブランドの価値観だけを現代的に拡張・アップデートすることが十分に可能です。
揚羽では、ロゴを刷新するケースだけでなく、貴社の「らしさ」を再調査し、その上で今のロゴを活かしきる形でのブランドアップデートの支援も行っています。
また、「自社のらしさが言語化できていない」「ブランド表現がバラバラで管理しきれない」といった課題をお持ちの方は、ぜひ気軽にお問い合わせください。貴社の現状をヒアリングし、最適なブランドマネジメントの形を一緒に考えさせていただきます。
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