「ティール組織」はどのようにして目指すことができるのか

2018年1月の和訳版刊行以来、ベストセラーとなり注目を集めている「ティール組織」。
人類が誕生して以来、人間の意識レベルの進化に伴って組織モデルは4つの段階を経て進化してきた、という前提をもとに、5段階目の新たな組織のあり方である「進化型(ティール)組織」について、実例を通して明らかにした一冊です。
言葉や概念だけ聞くとなんだか難しそうに聞こえますが、著者のフレデリック・ラルー氏がこの発見をするに至った問いは非常にシンプルで、「組織がもっと人々の可能性を引き出すことができるようになるためには何が必要なのだろう?」というものです。
多くの企業は、組織内部でのパワーゲームや駆け引きや抗争、あるいは外部での終わりなき市場競争に疲弊している現状があるとした上で、フレデリック氏はそうした組織のあり方をただ批判するのではなく、現状の組織モデルの限界が見えてきている状態であると指摘します。
そして、ではどのような革新を行えばそうした問題を解決し、生産的で意欲にあふれた組織作りができるのか? という問いに対する提案として定義されているのが、「ティール組織」なのです。
本記事では、この「ティール組織」を目指していくために、具体的にどのような手法がありえるのかということを本書の内容から抜粋および独自解釈しながら考えていきたいと思います。

ティール組織が実現する、3つのブレークスルー

著者のフレデリック・ラルー氏は、本書での事例研究を通して、「ティール組織が開く3つのブレークスルー」として、以下の3つを挙げています。
1.自主経営(セルフ・マネジメント)
2.全体性(ホールネス)
3.存在目的(エボリューショナリーパーパス)
1つずつ見ていきます。
1つめの「自主経営」を解説する章の冒頭で、フレデリック氏はデニス・バーキ氏(ティール組織の一事例として本書で紹介されている世界有数の電力会社・AESの創業者)の言葉を引用しています。

“なぜこれほど多くの人々はあんなに働いてからディズニーランドに逃げ込むのだろう? TVゲームはどうして仕事よりも人気があるのだろう? なぜこれほど多くの労働者は引退の時を夢見て、その後の計画を立てることに何年もかけるのだろう?
その理由は単純だが、気が滅入るものだ。私たちは職場を欲求不満のたまる、つまらない場所にしてしまった。社員は言われたことをやるだけで組織の意思決定に加わる方法がほとんどなく、自分の才能を十分に発揮もできない。当然の帰結として、自分の生活を自分である程度コントロールできる楽しみに引かれるようになる。”

権力をトップに集中させて上意下達で目標や制度を定め、従業員をコントロールしようとする従来のマネジメントスタイルは、多くの従業員に才能と情熱の無駄遣いをさせることになるとフレデリック氏は指摘します。
実際に、人事コンサルティング会社タワーズワトソンが2012年に行った従業員エンゲージメント調査では、29カ国の民間企業3万2千人へのアンケートのうち、自分の仕事に愛着を持っている人々の割合は35%に過ぎず、仕事に無関心や意欲を持とうとしない人々が43%、「(会社から)支えられていない」と感じる人々が22%の割合で存在しているという結果を示しており、従来型の権力ゼロサム・ゲームなマネジメント方式は、従業員が組織への愛着や仕事への自主性を失うことと引き換えの関係にあることがわかります。
「自主経営」はそうした状態からのブレークスルーとして存在し、トップダウンやミドルマネジメント、スタッフ機能による統制ではなく、従業員同士によるコーチングや助言制度によってほぼ全ての意思決定(戦略の策定から目標の設定、実行計画まで)を行う統制プロセスだと述べられています。
これにより、制度やトップダウンで縛り付けるよりもよりハイパフォーマンスに、従業員の仕事へのコミットメントや組織へのエンゲージメントが向上し、より高い成果や顧客満足度を達成できるようになるということが本書の中で実例を通し明らかにされています。
このようになれば、従業員はもはや休日を心待ちにしてディズニーランドに逃げ込む必要はないのでしょう。
2つめの「全体性」は、一言で言えば、従業員一人ひとりの「自分らしさ」を否定せずに受け入れ、一体感を持ってつながることのできる組織のことです。
2015年にGoogle社が研究結果として発表した「チームを成功へと導く5つの鍵」のひとつである「心理的安全性(Psychological safety)」の高い組織と言い換えることもできると思います。
本書の中で、全体性を持つ組織では、階級や役職で従業員の価値を決めるのではなく、全ての人が平等に貴いという前提に立ち、一人ひとりの考えや使命感を尊重していること、それによって孤立感を排除し、個人の使命感と組織の向かうべき方向が一体感をもってつながる状態を生み出せるということが具体例に基づき示されています。
さらに、そうした全体性を取り戻す上では、採用が重要な鍵を握るということが提唱されています。ティール組織の採用の特徴として、採用担当者と採用候補者がお互いを正直にさらけ出し、多くの時間をかけて(ある会社では、10回以上面談をするケースも少なくない、という事実も紹介しながら)「私たちは一緒に旅をする運命にあるのだろうか?」をお互いに掘り下げていくプロセスをとっていると述べられています。
さて、ここまで見てくるとティール組織とは非常に難易度の高い、実現不可能性の低いものに見えますね。
確かに、いきなり組織構造を「自主経営」のスタイルに変えようとしたり、従業員一人ひとりの自分らしさを受け入れて「全体性」を取り戻そうとするのは、いささか現実性が低いと言えるでしょう。
ではティール組織とは、一部の特別な、限られた組織にしか成し得ないものなのでしょうか?
そうではなく、どの組織であっても、そこに至るための第一歩が目の前にあると筆者は考えます。
それが、3つめの「存在目的」です。

存在目的=理念の浸透こそが、組織を進化させる第一歩

存在目的とは、組織のアイデンティティそのものであり、「この組織は何のために生まれたのか? 創造的な可能性は何か?」を明らかにするものです。
多くの組織が定める「ミッション・ステートメント」が時に空疎なものとして響いてしまうのは、自社の存在目的ではなく、「市場競争に勝つこと」を重視したものになってしまっているからである、とフレデリック氏は指摘します。
本書では、ミッション・ステートメントは本来、従業員に感動と指針を与え、行動や意思決定を左右する力を持つものであるという示唆のもと、もしミッション・ステートメントがそうした力を持つまでに至らない場合、その代替機能として影響力を持つのが「組織の自己防衛本能」であると述べられています。
自己防衛本能が優位になった組織では、市場競争に負けまいとひたすらシェアを奪うための苛烈な戦略に走ったり、内部抗争を恐れたマネージャーが縄張り争いを始めたり自己保身やエゴを行動基準とするようになる、ということが指摘されています。
こうした状況を、自分の所属する組織に遠からず当てはまると感じる人も少なくないのではないでしょうか。
本書において重要だと示されているのは、ミッション・ステートメントの本来の定義である「この組織はなんのために存在するのか? 成すべき使命は何か?」をシンプルに伝えること
そして、それをどのように実現するかをトップダウンで定めるのではなく、一人ひとりの従業員の使命感と創意工夫に委ねることです。
そうした前提に立つと、前述の「自主経営」と「全体性」は、ミッション・ステートメント(理念)を浸透させた結果として育まれるものではないかと筆者は考えます。
すなわち、組織の存在目的(理念)を浸透させ、それを実行する方法を従業員一人ひとりとともに考えることで「自主経営」の風土が生まれ、そこから従業員の個性や使命感を尊重する新たな文化が生まれ、その結果として全体性を取り戻していくのが、ティール組織へと進化していく王道のプロセスではないかと考えられるのです。
図にすると以下のようなイメージです。
存在目的=理念の浸透こそが、組織を進化させる第一歩
あらゆる市場が複雑化し、生き残り戦略を図る中で、「成長すること」それ自体が目的となっている企業も存在します。
しかし、存在目的(理念)が世の中に広く知れ渡るために成長を目指すことはあっても、成長そのものが組織の目的になることは決してない、と本書の中では指摘されています。
これは非常に重要な示唆だと筆者は考えます。
成長ありきではなく、何のために成長が必要なのか?
それによって存在目的(理念)をどのように達成していきたいのか?
その問いを立てることが、人と組織が本来のポテンシャルを発揮する上でまず必要なことなのだと考えさせられます。
組織を進化させるための第一歩として、大がかりな改革ありきではなく、成長ありきでもなく、まず「理念浸透」があるとすれば、それは多くの組織にとって可能性に溢れたものに映るのではないかと思います。