空前の売り手市場において、採用コストは年々高騰しています。採用にかかるコストは新卒・中途ともに1人あたり平均約100万円とも言われており、企業にとって決して小さくない投資です。
しかし、多大なコストと労力をかけて採用した人材が早期に離職してしまっては、費用の損失に留まらず、事業成長の鈍化という深刻な経営課題を招きます。厚生労働省が2025年に発表したデータでも、大卒者の3年以内離職率は33.8%と、「3人に1人が早期退職」という現実です。
出典:厚生労働省『新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)』
なぜ、彼らは去ってしまうのでしょうか? その原因は給与や福利厚生といった「条件」よりも、もっと心理的な「入社前後のギャップ」や「組織への失望」にあるケースが大半です。
本記事では、定着率低下のメカニズムを紐解き、社員の心を組織に繋ぎ止めるための「インナーブランディング」の活用法について、具体的な実践例を交えて解説します。
第1章:なぜ、定着率が低いのか? 「静かな退職」と「人的資本」の視点から
早期離職の最大の要因は、入社前に抱いていた「期待」と、入社後に直面した「現実」の間にギャップが生まれることです。専門的な領域では「リアリティ・ショック」とも呼ばれますが、シンプルに言えば「こんなはずじゃなかった」という失望です。
さらに、現代特有の労働市場のトレンドが、この離職に拍車をかけています。
トレンド①:「静かな退職」の蔓延
今、世界的に注目されているキーワードに「静かな退職」があります。これは実際に退職届を出すわけではないものの、心の中ではすでに仕事への熱意を失い、必要最低限の業務しか行わない状態を指します。
彼らは「会社への愛着」や「ここで働く意味」を見失っています。この状態を放置すれば、より条件の良いオファーがあった瞬間に、容易に「本当の退職」へと移行します。つまり、離職率が高い組織では、その予備軍である「静かな退職者」が水面下で増加している可能性が高いのです。
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トレンド②:人的資本経営における「エンゲージメント」の重要性
「人材をコストではなく、投資対象(資本)として捉える」人的資本経営の広がりにより、社員のエンゲージメント(貢献意欲・愛着)は、いまや財務指標と同等に重要な経営指標となっています。
社員が「この会社で成長できる」「自分の仕事には社会的意義がある」と感じられなければ、人的資本の価値は低下していきます。
特にZ世代やミレニアル世代は「この仕事にどんな意味があるか(意味報酬)」を重視する傾向があり、ここが満たされないと早期に見切りをつける傾向にあります。
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第2章:定着率を改善するために何をすべきか? 「採用」から「入社後」を一貫させる
では、このギャップを埋め、定着率を改善するためにはどうすればよいのでしょうか。
重要なのは、採用をゴールとするのではなく、入社後の定着・活躍までを一貫したストーリーとして設計することです。
① 採用活動と入社後の実態を一致させる
採用担当者が語るビジョンと、配属先の現場の実態が乖離しているケースは少なくありません。採用時に魅力的なメッセージを受け取って入社したにもかかわらず、現場で矛盾を感じると、新入社員は不信感を抱き、離職につながります。
これを防ぐためには、社外に向けた「採用メッセージ」と、社内で共有されている「理念・文化」を一致させる必要があります。外で語った約束を、中に入ってからも守り続ける一貫性が、新入社員に「この会社を選んでよかった」という納得感を与えます。
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② オンボーディングを「事務手続き」で終わらせない
入社直後の3ヶ月は、新入社員が組織に馴染めるかどうかを決める重要な期間です。この期間に行われるオンボーディング(受け入れ施策)を、単なるPC配布やルール説明といった事務手続きだけで終わらせてはいけません。
「あなたを歓迎している」という意思を明確に伝え、組織への帰属意識を高める機会として活用します。明日からできる具体的なアクションとして、以下のような施策が有効です。
ウェルカム・ボックスの贈呈
PCなどの貸与品と一緒に、メッセージカードや会社のロゴ入りグッズ、ブランドブックなどを同梱した箱を渡します。「入社を待っていた」という歓迎の意思を表すことで、第一印象を向上させます。
「理念」を語る1on1の設計
上司との面談で、業務の進捗確認だけでなく「会社のミッションと、本人の業務がどうつながっているか」を話し合う時間を設けます。自分の仕事の意義を理解することで、モチベーションの維持につなげます。
メンター制度の活用
業務指導役とは別に、「会社のカルチャー」を伝える先輩社員を配置します。気軽に相談できる相手を作ることで、精神的なサポートで孤立を防ぎます。
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第3章:ココロを動かし、定着へ導く。揚羽の支援事例
論理的な制度設計に加え、社員の感情に働きかけるクリエイティブ(映像やツール)を活用することで、定着率向上に寄与した揚羽の支援実績をご紹介します。
事例①:【新卒定着】入社式の熱意を持続させる「ブランドムービー」
【課題:現場の厳しさによるモチベーション低下】
ある大手インフラ系企業では、採用時に伝えていた社会貢献性の高いビジョンと、配属後の地道な現場作業とのギャップにより、新入社員のモチベーションが低下しやすいという課題がありました。
【揚羽の解決策:業務の意義を再定義する映像】
現場の「リアルな厳しさ」を隠すのではなく、その先にある社会的意義をストーリーとして誇り高く描くブランドムービーを制作しました。 あえて泥臭い現場の姿を映し出し、その仕事が社会インフラを支えている事実を可視化しました。これを内定式や入社時研修で上映し、視覚と聴覚から強く訴求しました。
【効果:働く誇りの醸成】
映像を通じて、自分の業務が社会に不可欠であることを再認識させることに成功しました。「自分も先輩のように社会を支える一員になりたい」という当事者意識(プライド)を醸成し、現場で壁にぶつかった際の心理的な支えとなる原体験を作りました。
関連記事:映像による理念浸透と行動変容【インナーブランディング虎の巻(3)】
事例②:【中途・組織融合】「共通言語」をつくるブランドブックとワークショップ
【課題:急拡大による組織の一体感不足】
急成長中のIT企業では、即戦力として中途採用を強化していましたが、創業メンバー(プロパー社員)と中途社員の間で企業文化への理解度に差があり、組織の一体感が薄れていました。
【揚羽の解決策:対話を生むブランドブックとワークショップ】
会社のDNAや大切にしたい価値観(バリュー)を再定義し、クリエイティブな「ブランドブック」にまとめました。さらに、このブックをテキストとして使用し、創業メンバーと中途社員が混合で参加する「対話ワークショップ」を実施しました。
【効果:相互理解と定着率の向上】
ワークショップを通じて、バックグラウンドの異なる社員同士が「自社の強み」や「バリュー」について語り合うことで、組織としての「共通言語」が生まれました。 相互理解が進んだことで心理的安全性が高まり、中途社員が早期に組織に馴染む土壌が形成されました。
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まとめ
定着率の向上は、給与や福利厚生の改善だけでは限度があります。労働環境の整備に加えて、「この会社で働くことへの誇り」や「組織とのつながり」を感じられる仕組みが、離職を防ぐ鍵になります。
採用コストが無駄になることを悩む前に、一度自社のプロセスを振り返ってみてください。採用で語ったビジョンを、入社後も一貫して伝えられているでしょうか?新入社員を「条件」だけでなく「想い」で惹きつけられているでしょうか?
インナーブランディングは抽象的な精神論や概念ではありません。採用コストの削減や生産性の向上、そして企業の未来を創る人材の育成に直結する、確実性のある「経営投資」です。
株式会社揚羽では、採用ブランディングによる「母集団形成」から、入社後の「インナーブランディング」まで、一気通貫で「人と組織の課題」に伴走します。「採用と定着のギャップ」にお悩みの方は、ぜひ一度ご相談ください。










