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インナー&アウターブランディング

記憶に残らない経営理念と、残るキャッチコピー。その違いはどこにあるのか

「言葉だけのもの」になってしまいがちな経営理念

「御社の経営理念は何ですか?」
そう問われて即答できる人はどれくらいいらっしゃるでしょうか。理念に限らず、社是や社訓などの言葉を従業員にしっかり浸透させるということは、一朝一夕では難しいものです。さらに、言葉を覚えていたとしても、それが具体的にどのような意味を持つのかがすんなりとイメージできる、というレベルでの浸透度で考えると、さらにその難易度は上がるのではないでしょうか。
一方で、例えばサントリーの創業者・鳥井信治郎氏の「やってみなはれ」、リクルートの創業者・江副浩正氏の言葉「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」、日本電産の創業者・永守重信氏の「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」といった、社員は言わずもがな、一般の方々にまでよく知られている経営哲学もありますが、こうした例はごく一部です。
企業にとっては自社の存在価値や経営指針を示す重要な言葉であるにもかかわらず、なぜこのような状況が起こってしまうのでしょうか?

経営理念の「ターゲット」は誰なのか

少し角度を変えて考えてみます。
私たちがある言葉を通して特定の企業を思い出すという事象は、実は結構高い頻度で存在しています。
例えば、「NO MUSIC NO LIFE」と言えば、タワーレコードですね。
「はやい、やすい、うまい」と言えば、吉野家。
「一瞬も 一生も 美しく」と言えば、資生堂。
「Inspire the Next」と言えば、日立。
こうした言葉の浸透度が高いのは、各社の地道なコーポレートコミュニケーションやブランディング活動の成果ではありますが、もう少し具体的に要因を探ると、それは「伝えるべきターゲット」や「伝えるべき価値」を明確にした上でこれらの言葉が設計されているからだと考えます。
タワーレコードであれば、音楽を愛する人たちに、音楽を通じて生まれる豊かな気持ちや生活を。吉野家であれば、忙しい中にあって手軽に食事を摂りたい人たちに、味にこだわった牛丼を。
これらの設計プロセスはセールスプロモーションにおけるキャッチコピーのそれとかなり近く、その結果として、人々の印象や記憶に残りやすいワーディングがされているのです。
先述の一般にも浸透している経営哲学も、非常に端的に個社の特徴を言い表していることに加えて創業者の志や価値観を情感豊かに感じさせるという、キャッチコピーに近しい特徴を有しているからこそ、浸透度の高い言葉になっていると言えるでしょう。
しかし、そうしたカリスマとも言える優れた創業者達の例を除いて、企業が経営理念を定義するとき、そこにはどんなターゲットが存在しているでしょうか。あるいはどのような価値の定義がなされているでしょうか。概ねにおいてその背景には、時代に応じて事業ドメインが変化していくことも想定した上で価値を定義しなくてはならないとか、重厚さや格式を重んじなくてはならないとか、様々な意見や発想が入り混じってしまう、といった複雑な意思決定要因が潜んでいるのではないでしょうか。 そうした意思決定プロセスにおいては、「経営理念は、どんなターゲットに届けるべき言葉なのか?」や「どういう言葉にしたらターゲットに浸透するか?」といった議論は除外されがちです。経営理念が抽象的で難解な言葉になりやすいのは、そうした理由があるのではないでしょうか。
しかしその結果として社内に浸透しない、価値を具体的にイメージできない経営理念となってしまっているとすれば、それはその目的を達成できているとはある面では言いがたいかもしれません。 「経営理念は何のためにあるのか?」と問われれば、それは全ての従業員がそれを企業の存在価値として共有し、実践することで企業が永続的に成長を続けるために他なりません。そういった目的に基づくと、経営理念の策定においては、ターゲットを従業員と位置付けた上で、どうすればより彼らに浸透するかがもっと議論されても良いのかもしれません。

経営理念をマーケティングする

インターナル・マーケティングという言葉が世に出て久しくなり、元々はBtoC企業において重要と見なされていた概念ですが、最近ではBtoB企業も含めて従業員とのエンゲージメントを高める上で、マーケティング的な思考プロセスを取り入れることはますます重要になってきています。経営理念の浸透を図っていく上で、ターゲットである従業員はどのような風土や文化に彩られた人たちなのか、彼らとどのような価値を共有したいのか、ということは、インナーコミュニケーションを考えていく上でも非常に重要な前提となります。 すでにある経営理念が抽象的や難解さを有したワーディングであったとしてもそこにマーケティング視点での施策を取り入れることで、前述のような印象や記憶に残るコミュニケーション設計を図っていくことは十分に可能です。わかりやすい例で言えば、経営理念をプロモーションする観点からインナー向けツールを作成したり、研修などを通して経営理念をより具体化して考える機会を持つなど、様々な手法が考えられます。
経営理念の言葉から従業員一人ひとりが「自分たちの存在価値」をイメージでき、さらに具体的な実践へとアクションできるようなインターナル・マーケティングは、成長し続ける強い組織を醸成していくために今後ますます不可欠の手段となっていくのかもしれません。

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WRITER

プランニング部
コミュニケーションプランナー・クリエイティブディレクター

鳥海裕乃

ビジョン浸透施策や採用ブランディングの戦略立案、クリエイティブ設計などに従事中。
趣味は写真と漢詩作りと宗教建築巡り。好きな作家はボルヘスと泉鏡花と三島由紀夫とトルストイと筒井康隆。