キャリアを“高尚なもの”と捉えギャップが生まれる

パーソルテンプスタッフ株式会社は、1973年の設立以来、人材派遣・紹介サービスを中心に事業を展開。現在では、約14万人ものスタッフに就業機会を提供する総合人材サービスの大手企業です。同社が属するパーソルグループは、「はたらいて、笑おう。」というビジョンの下、2030年に向けたありたい姿(目指す企業像)として「“はたらくWell-being”創造カンパニー」を掲げています。

こうした目標を実現するうえで、同社が重視するのは、社員の「自己決定感」や「成長実感」の向上でした。仕事を通じて得られる幸せとでもいうべき“はたらくWell-being”は、やりがいや目的を持って仕事に取り組むからこそ高まることが、研究結果からも明らかです。しかし、現場の社員との対話やサーベイの結果からは、理想と現実にギャップがあることがわかりました。

その背景として、社員の多くがキャリアを高尚なものと捉えているためだと、パーソルテンプスタッフの黒田朋美氏は説明します。「全く別の新しい専門性を身につけたり、副業をするなど、今の仕事と地続きではないことへの挑戦や、中長期のキャリアプランを明確にしなければならないといった、自分自身で高いハードルを設定し、それを『キャリア』と考える実態が見えてきました。その結果、自己決定感が不足したり、自らのキャリアが築けていないと感じていたのです」(黒田氏)。

パーソルテンプスタッフ株式会社
人材開発部 人材開発推進室
マネージャー
黒田朋美氏

そこで同社は、「自分の原動力を起点として、主体的に取り組むことそのものがキャリアだ」という考え方へのパラダイムシフトが欠かせないと判断し、支援策を打ち出すことにしました。パーソルテンプスタッフの社内から「キャリアオーナーシップ」を通じて社員一人ひとりが“はたらくwell-being”を体現することで、派遣スタッフや顧客への価値提供や企業としての成長につながると考えたのです。こうした中、2025年に同社は、キャリアオーナーシップの定義をリデザインし、浸透させるプロジェクトに取り組むことにしました。

パーソルテンプスタッフの坂本美希氏は、プロジェクトの起点となった強い想いを明かします。「キャリアは、100人いれば100通り。『どのように生きたいか』『どのような毎日が心地よいか』を形成するプロセスそのものがキャリアなのです。だからこそ、『正解』を選ぶことではなく、自分が『納得』できることが大事になります。自分の原動力から日々の小さな自己決定を積み重ね、今をポジティブに過ごすことで選択肢が広がっていく――。そんな身近で手触り感のあるキャリアの捉え方を、社内全体に共有したかったのです」(坂本氏)。

パーソルテンプスタッフ株式会社
人材開発部 人材開発推進室
坂本美希氏

徹底的な議論を通じてキャリアの再定義に挑む

このプロジェクトは揚羽を支援パートナーにして、社員がキャリアオーナーシップを抵抗感なく身近に感じられるよう、研修用のビジュアル制作として始まります。その制作プロセスは、週1回のペースで議論を重ね、まずキャッチコピーとリード文を練り上げ、それを体現するビジュアルと世界観をつくり上げるという形で進行しました。

コピーライティングを担当した揚羽の高野優也(ブランドコンサルティング部 ブランディングコンサルタント)は、どのように方向性を定めていったのか、次のように語ります。「異なる方向性で数多くの案を提示し、そのフィードバックを踏まえて方向性を決めていきました。繰り返し議論するのはもちろん、ニュアンスのレベルでも細かく調整し、時間の許す限り地道に修正を重ね、内容をすり合わせていったのです」(高野)。

こうして「キャリアオーナーシップとは、自分が自然と気になることを、自分なりに育てていくことだ」という核心的な解釈が定まります。またプロジェクトの中盤、より解像度の高い表現を追求するため、揚羽は社員向けの施策や制度資料の提供を要請しました。制度の全体像を正しくつかんだ上で、言語化したいと考えたのです。

「2カ月という短い期間のプロジェクトでしたが、毎回細かな部分まで検討することで、パーソルテンプスタッフの皆さんとの一体感も生まれたと思います。私も『提案内容のどの部分に違和感がありますか』と率直に尋ねました。強い信頼感のうえでコミュニケーションできたことが、よいアウトプットにつながったのではないでしょうか」と高野は振り返ります。

人の温もりや感情を表す「クラフト感」を大切に

コピーライティングで細部までこだわり、試行錯誤を重ねたことが、様々な気づきを生んだと揚羽の玉手涼介は話します。「効率という面でいえば、決して効率的ではありませんでした。ですが、その手間暇かけた一連のプロセスを経たことで、パーソルテンプスタッフの皆さんの気づきや言葉の深化につながり、その結果として提供価値を高められたのだと思います」(玉手)。

株式会社揚羽
ブランドマーケティング部 ブランドマーケティング5グループ
リーダー
玉手涼介

こうした紆余曲折を経て生まれたのが、「気になるを、木にする。」というキャッチコピー。これは、キャリアを「自分の中にある小さな興味や関心を、自分なりに育てていくプロセス」として再定義したものです。キャリアプランやスキルアップといった理性的な取り組みではなく、「原動力」という内なるエネルギーを大切にするという想いも込められています。

ビジュアル面においても、プロジェクトメンバーのこだわりは貫かれました。キャリアが醸成される過程を、植物の成長になぞらえたストーリー仕立てのイラストを制作。木が体から生えている大胆な表現で、感性で動き出す感覚を視覚化しています。デジタルな洗練さよりも、人の手の温もりを感じさせる「クラフト感」が重視されました。

「イラストを制作する際も、複数案を出してもらいましたが、調整を重ね、最終的には自らの手を使って育てていく、クラフト感あふれるビジュアルになりました。『気になるを、木にする。』というコピーも、原動力は内側から沸き立つものだということを上手く表現できたと思います」と黒田氏は微笑みます。

「出来上がったクリエイティブは、私たちの感覚にも非常にフィットするものでした。プロジェクトの議論を通じて、原動力は必ずしもポジティブな感情だけではなく、怒りや悲しみという感情で沸き立つこともあるという新たな気づきも得られました。その気づきを踏まえたことで、多様な層にも届く表現に結実し、自信を持って社員に提示できると感じました」と坂本氏は評価します。

認知から行動変容へと進む「キャリアオーナーシップ2.0」

完成したコピーとイラストは、イントラネット上の社内報での告知を皮切りに、「BEワークショップ」研修やオフィス対話会など、キャリアオーナーシップ推進に向けた様々な場面や施策で活用されています。

その中核となるのが、「BEワークショップ」。このワークショップは、6時間半かけて自身の原動力を言語化し、それにに紐づいた行動を起こすプログラムで、参加者からも「原動力の言語化によって仕事の景色が変わり、日々の行動にも変化が生まれた」「実は今の業務の中に、自分のエネルギーが沸くポイントがあると腹落ちした」「今、明確にやりたいことがなくても、自分の原動力を起点に、キャリアを考えられると知り、前向きに行動できるようになった」などの声を引き出しました。時間をかけて深く内省するため、時に涙する受講者もいるといいます。

こうした活動の成果もあって、2025年秋に実施した社員アンケートでは、認知度は75.5%、理解度39.2%という結果となり、いずれも初年度の目標をほぼ達成しました。坂本氏はその手応えをこう語ります。「高い認知度を得られたのは、コピーやイラストによる効果が大きいと考えています。2026年度は認知度100%、理解度80%を目指して取り組みを進めます」(坂本氏)。

パーソルテンプスタッフでは、2026年度を「キャリアオーナーシップ2.0」と位置づけ、認知、理解にとどまらず、社員の行動変容を促す仕組み作りも含めた施策の拡充を目指しています。黒田氏はその展望を次のように話します。「2.0という次のステージでは、キャリアオーナーシップを社員の日常の行動に根付かせることが目標です。“個人の主体性”が会社の大きなパワーとなり、経営戦略の実現、派遣スタッフや顧客への提供価値向上、企業としての成長につなげたいです」(黒田氏)。「気になるを、木にする。」という言葉から生まれた小さな芽を、組織全体の木として大きく育てていく取り組みが、これからも続きます。